昭和46年02月17日 朝の御理解
御理解 第62節
「昔から、人もよかれわれもよかれ、人よりわれがねおよかれというておるが、神信心しても、わが身の上のおかげを受けて、後に人を助けてやれ。神信心も手習いも同じこと、一段一段進んでゆくのじゃ。にわかに先生にはなれぬぞ。」
色々な意味でこれは頂けれると思うんですね。助けるとか助かるとかという、いわゆるその観点の相違とでも申しましょうかね。段々信心を分からせて頂きますと、とても世の中には、難儀な人の多いこと。いわゆる助かっていない人の多いこと、驚くばかりですね。お金が沢山あるから、言うことはなかろうと言う様なお家で、大変な苦しみをもっておられる人。それこそ、あんなに頑丈な健康な、おかげを頂いておられるから、あの人こそ幸せだろうと思うんですけれども。
実際に接してみたり会うてみたり致しますと、本当に助かっておられない。いつもやはり、難儀の中に皆さんがおられる事に気が着きます。そして私共が頂いておる信心を頂かれたら楽になられるであろう、助かられるであろうと思う言があります。いわゆる信心ごころいわゆる神心。信心させて頂いて段々おかげを頂いて参りますと、そのように自分の周囲に助かっていない人と、もう助からなければいけない人が沢山ある。けれどもそれは、確かに自分はおかげを頂いて、信心をさせて頂いておるおかげで助かってる。
何かと言えば、「金光様」を唱える言が出来る。なんかと言えばお取次を頂いて、いわゆる、お願いすることができる。そこからおかげを頂いていく道を、そういう信心を頂いておると言う事。けれどもそれだけではやはり、人は助からんね。ただ自分が助かっておると。やはり人が助かることのおかげを頂くためには、やはりそこにまぁ言うなら、お金で不自由しておる人が、ならお金で助けてやりたいと思うなら、ただ自分がやるやっていっておるというだけではね、助ける事は出来ないでしょう。
自分がその日暮らしであったんでは助かってはおるけれども、助ける事は出来ません。そこでやはり、自分が力を受けなければならん、いわゆるお金で助けようと思えばそれだけ、言うならば、人にも助けてやれるだけの力を頂かなければなりません。ですからほんとに助けるとか助かるとかと言うことはそんなことだと思うんです、私はおかげを頂いて、助かっておる。けれども私だけがやっとである。人を助けるだけの言わば力がない。そこんところをまず我が身におかげを受けてと、そして後に人を助ける。
助けれれると言う事。そうするとこれは、人を助けると言った様な事は、まぁ相当の力を頂かなければ、助けることはできないと言う事になるね。それかと思うと又これをいろいろ頂いて、自分が助けるのではない、ただ人が助かることのための、言うならば、お手伝いをさせて頂く。そう言う事になって参りますと、自分が助けるのではない、例えば自分はお金はない。けれども自分がお金をもっておる人は知ってるからその人を紹介する、と言う、例えば訳になる訳ですね。
それとても矢張り、なら自分自身が信心をさせて頂いておるおかげでどのような中にあっても、まぁ幸せを感ずる言が出来るというおかげ。難儀な人があるとそこに感じたら、その人に信心のお話をさせてもらう。私には力はないけれども、やはり、金光大神のお徳によって、力によって取次の働きというかね、取次ぎの働きの作用がその人が助かっていくことになる。
私は我が身のをおかげを受けてと、ここで言っておられるのは、私がね、完全に物持ちになるとか、力を得てからというのではなくて。そう言う様な意味ではないかと思います。そこから例えばその人が、自らお取次を頂いてそして自ら信心によって助かっていくという道を開いてやる御用をさせてもらう。「神信心も手習いも同じこと。一段一段進んでいくのじゃ」。
私はそういう一つの信心の実績とでも申しましょうかね、業績というものが、一段一段積み重ねられて、行く事によって信心が進んでいく。いわゆるにわかに先生にはなれないけれども、やはり先生と言う事は、まぁ信心の先輩と言う事でしょうかね、になって行く言ができる。ですから、どうしてもおかげを頂いて、自分がおかげを受けるというそのことは、どう言う事かというと、「金の杖をつけばまがる、木や竹は折れる、神を杖につけば楽じゃ」と、いうような御理解がございますね。
信心を頂いた私共がです、神を杖につけば楽というその神を杖につかせて頂けると言う事。ですからね、自分が完璧に助かるという意味ではない。やはりきつい時もある。けれども、神を杖につけば楽という信仰体験ね。そこに信仰体験をもっておれば、いうならば、人を助けることの御用がさせてもらえれる。我が身の上におかげを受けてと言う事は、そう言う様に神様を杖につけば楽という信仰体験。その信仰体験をもって、人が助かっていくところの御用をさせてもらう。
昨日日田綾部さんとそれから麻生さんと二人で、御祈念の後に参ってみえました。それでいろいろ(咳)お話をしておりますうちに麻生さんがこう言う言を言うておられます。「綾部さんが、合楽にお参りされるようになって一年余り。あなたの変わり方はいわば、羨ましい。いわゆる一年前のあなたと一年後の今日のあなたというのは、随分な変わり方をなさった。それはあなたを知っておる限りの人が今のあなたを見たら、どんな金光様の御信者になるだろうと。
するとよっぽど前はそのまぁ、言うなら悪名高かったごたるですね、というてから笑った。そのように変わられた。変わられたその姿を以ぜんのあなたを知っておる者が見たらね、皆金光様の御信心になるだろう、皆合楽にお参りをするだろうとこういうておられる。けれどもまだ知らない人が。信心してもらうだけで私はこんなに変わったと言うて、信心してもらうわけじゃないからね。
そこに自分自身の例えば人を責めないとか、又は人の言を悪口を言わないとか、まぁ一時が万時に神様の御神意のままに動くとかと言う様な人間、おかげを受けておられる。又はお店の方達でも、まぁいうならば自分は、まぁいうなら雷のように喧しかったと。があるわけじゃないけれどもね、後はすっとすると言う様な、まぁ言い方であったけれども、それを言わんで済むだけでも自分は助かっておるとね。そういういわば助かり方。お願いをして、こげな不思議なおかげを頂いたという助かりもある。
自分自身が改まりに改まって精進させてもろうて、自分自身の心が平生であり、安心しておれれると言う様な助かり方。そういう私は助かり方を自分自身が頂いて、こんなに有り難い、いうならば楽な道があるとしてです、人を助けていくところの働きというかね、お導きというかですね、頂くおかげを頂いたら、有り難いことになってくるだろうね。ところがお互いが矢張り助かると言う事は、まぁいろいろにありますけれども、自分自身の心が助かるためには、自分自身が改められなければならない。
何年お参りをしておっても変わりばえがしない。これでは人を助けるはたらきと言う事になる。非常に縁遠いものになってくる、自分自身が変わり、自分自身が助かる。それを私は一つの手本にして、まぁ助かって下さいというお願い、祈りをもってお導きをする。そして、後に人を助けてやれとおっしゃるのがそういう助かりを願わせてもらえ、又はお互いが目指させてもらわなければならん。お願いをしていろいろと例えば、様々な難儀ね、から助けてもらう。だからそういういわば、現物的な助かりを見本にして。
人に話していくという場合と、自分自身の心の状態がおかげを頂いて、自分自身が改まって、おかげを頂いて、というその、自分を一つの手本にして自分の心の状態を話させてもろうて、人に話をしていく。人が助かるための働きをしていく。そう言う所から、矢張り一段一段信心も進んでいくのではないかと思います。信心が何年しておっても進まない、変わりばえがしない。それは結局自分自身の、やはり改まると言う事に焦点、精進がされていないからだというふうに思わなければならんと思うのですね。
昨日は北野の上野先生所の里が、お神様をお祭りさせて貰う、いわゆる御先祖のお祭りとそれから、上野家の御霊様の、いわゆる改式祭と一緒に合わせて致しました。それが信心が段々出来て来て有り難うなってきたから、神様をお祭りするというのでもなからなければ、御霊様の言が分かってきたから、改式するというわけではないのですけれども、おかげを頂いて普請が、まぁ立派な普請ができました。ですからその新しく普請を致しましたから、そこに神様やら御霊様をお祭りするそのお部屋を造った。
一番よい座敷にキチッとお祭りが出来る様に致しました。だからのお祭りである。ちょっとほかとケースが違う訳ですね。ほんとに信心が有難うなり分かってきて、お祭りをする。いうならば信心が段々分かってきたら、当然改式しなければおられないでしょう。けれどもそういうふうに改式しなければおられないと言う様な事で、改式したわけではない。けれどもそれはどう言う事からそう言う事になってきたかと。
皆さんもご承知のように、上野先生が学院に入学致しまして、一年間の間にお父さん、お母さんそれから弟さん。三人のお葬式を致しました。それまでに何十年間と言う間が、そこに仏様がおられんと、言う様な御家であった、それがたった一年の間に、バタバタ両親を失い、まぁ上野先生からいうと両親を失い、弟を失うと言った様な事になった、全然信心がないわけではないですから、そういう例えば難儀の中にですね、その普請を思い立っておった。どんなに考えてもまだ普請の段じゃなかったけれども。
家も段々増えてきたし、まず第一土地を買わなければならん。ようもほんとに、私昨日こりゃぁあんた北野の町の一番よか場所。一番ここが、まぁ今でもそんな感じですけれども、目抜きの場所になるだろうと言う様な、そこにもう不思議な、ことからそこの土地を入手する言が出来た。それからまだすぐ普請と言う様な事は出来ん様な状態であったけれども、もうせねばならないように次々と話しが進んでいって、とてもまだ思いできない。お金が沢山あるわけじゃない。
けれどもその、何ともいえんお繰り合わせを頂いて、土地を盛らなければなりませんけれども、そこの近所の方がどっか、土地を下げなければならないと言うので、泥をもってきてくれる。そこに入れさせてくれと言う様な事であって、その相当広い坪数のところを埋め立てをしておる。埋め立ててくれたというなおかげをに始まって、それから大工さんもあっちこっちから言うて来とったけども、御神意を頂いて、大牟田の方からの業者の方に、まぁ自分としてはあまり好かん業者であったけれども。
立ち上がってしもうたら、あこの大工さんでなからにゃできなかったと言う様なその感じのするようなお繰り合わせを頂いた。それでもうほんとにまぁ、勿体無い様なおかげを頂いたわけなんね。そしてそこに一番よい、奥まった座敷をお神様の部屋として、その始めからその神様をお祭りをする、奉祭することに建てた物で、建てられたんですから。ちょっとそこの、まぁかっこのいいお宮、零社をここにお祭りをする言が出来た。まぁそんな時なんかでも。
丁度私が久富先生のところにあの、御霊様のお祭りに参りまして、帰りにちょっと寄らせて頂いたら大工がちょうどそこんところをあのやりよるところだった。それで私が、仕事前に、お神様をお祭りするのにこういうふうにして、ここはこうしてくれというふうに致しておりましたから、兎に角この家、まぁ、お神様を神床ができました。そして昨日なら、そのまぁ、有り難いいっぱいのと言う事はないでしょう。まぁいうならしようことなしだったかもしれません。
けれどもそのしよう事なしのようなお祭りが、段々段々有り難いお祭りなっていって、それこそ涙がこぼれる様な有り難いお祭りになっていった。で私その言をあなた方が信心が分かってから、そのお祭りをするでもなかなければ、御霊様の言が分かってお祭りをするではないけれども。こう言う様な事になってくると言う事の中にね、やはりあのあっちの主人が敏夫さんといいますが、としおさんあんたんのところなら姉さんがね、お道の御用にでも立たせて頂こう、お道の教師としてのおかげを頂いてね。
そして結局里のここのことを一生懸命になっておる。昔から例えば、家の中に一人出家、お坊さんにならせてもらうと言う様な人が出来たら、もう七代も前からその先祖が助かると言われる程しに言われておるが。一家の中からね、人の難儀が助かることのための、お取次ぎをさせてもらう。お道の教師がここから出たと言った様な言がこういう働きになってきたのではなかろうか。又はそこの嫁である、啓子さんの里であるところの善導寺の原さん達、ご両親の信心がこう言う事に成って来たのだろう。
そこでこれからは、自分達が信心ができたから、そうではないのですから、これから中身を一つしっかり信心をここの中に入れていかなければならない。まぁこれからの信心をさせて頂いて、ほんとにどんなに考えても有り難いじゃないかと。夫婦が話し合えるような、今日がこの家の中から生まれてきて、商売いよいよ繁昌のおかげを頂かせてもろうて、そして最近はまぁやっとかっとであるけれども、楽の御用をしたいと言うので、笛のけいこに時々通って来ておられます。
そういうおかげを頂いて有り難いというその心が楽の御用でも頂かなければおられないと言う様な事になってきた時に初めて、お神、信心させて頂いておると言う事の有り難さ。お祭りをさせて頂いたことが有り難いことであったと分かってくるだろうと、言うてお話をしたことでした。で、お話を終わってから、さあ今からご直会といよりましたら、子供が表にお父さん自転車を買いに来とんなさるちてから、呼びに来ました。それで十分か十五分ぐらいかかったでしょうか。
ほんとに自転車会にみえとった。もう簡単にすぐ商いができたらしくて、自転車がおかげで一台で売れたと言うて。ちょうどここの中に頂く前にほらもう早速おかげを頂きよるというてから、自分も喜び私もそれを実感しました。まぁあのお祭りのある間は、いうならば、お祭りをせにやんとじゃろうか。折角のこの一番よか座敷にお祭りをしたならば、座敷の雰囲気はくずれはせんじゃろうか。お祭りをするち言えばやっぱ相当お金もかかるが、やっぱそう言う様な位の所から。
お祭りをさせて頂いたのございますけれどもですね、そのお祭りをしておる間に段々段々有り難いことになってきた。私もお話させて頂きよったら主人のとしおさんが涙ぽろぽろ流してから私の話を聞いておる。お祭りをしてよかったというものじゃなかったじゃろうかと私は思うね。これからちった、本越し入れてから信心せにゃいかんぞと私思うたじゃなかろうかと思うたね。ならこう言う様な、例えば助かりがあります、そこにならその根本になっとるものは何かというと。
なら家内の里であるところの善導寺のご両親の御信心、又は姉であるところの上野先生がもうそれに心も打ち込んでの御信心。そこから祈りに祈られてそう言う事になってくると言う様なおかげ。成る程、にわかに先生にはなれん。いうならばその段々おかげを頂いて、信心のことが分からせてもろうて、そういう人達の強い祈りがです、ここに一家が助かっていくような働きになってくると言う様なおかげも助かりもあるわけなんです。ですから、これが例えば、自分ところの娘の嫁という里であるとか。
自分の里の弟達一家であるとかというそういう肉親の切な願いというものがです、人を助けてやれというそういう働きにつながっていくわけであります。初めて御心眼を頂いた。お願いをさせて頂いてから、不思議にこのようなおかげを頂いた、それもやはり助かること。だからそういうおかげというものを、まぁ見本にして、同病相哀れむ。あなたも一つお参りをしてご覧なさいという、取次ぎ助けられるその働きのお手伝い的なところから、人が助かって行くと言う事になる。そういう関わり合い。
次にはその、綾部さんの例をとりましたようにね、一年間お参りさせて頂いておるうちに、人が見たら一年前のあなたと一年後の今日のあなたというものを見たら、金光様の信心するにはあのように変われるもんだろうかと、昔を知ったあなたならば、あなたの信心に必ずついてきますよと言われるほどしの助かり、自分自身のそういう助かりがです、いうなら、助かると言う事に(?)まぁいうなら、私を見て下さいと言った様な意味で人を助けることの働きの元がその中に出来ていくね。
神信心をして我が身の上におかげを受けて、後に人を助けてやれと言う事に言われる。そういう例えば、浅い所から深い所の、なら今日は三つの例をもってお話をさせて頂いたが、果たして自分自身のいわばね、人が助かると言う言がいかに、神様が助かられることか。人が助かると言う言が、難儀な氏子が助かると言う言がね、いかに神様がお喜びになることかと言う言が分からせて頂いたらね、自分の周囲を眺めさせて貰うと、助かっておるより助かっていない人の多いことに驚くばかりである。
その助かっていない人達の上にです、私共神心をもって祈らせてもらい、思わせてもらい。そしてどのような手立てをもってです、人が助かっていくところの働きにです、なって行く様なお繰り合わせを頂きたい、そういう願いをもちたいと思うのでございます。人を助けると言う事、又は自分が助かると言う事の、まぁ深い意味において、浅い意味においての関わり合いと言った様な言を聞いて頂きましたですね。
どうぞ。